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松井秀喜/画像/動画/プロフィール/ヤンキース/CM

松井秀喜について

松井秀喜は非常に誠実で紳士的な人物であり、メジャーでも毎試合後の会見を行い、どんな質問にもきちんと答えます。
練習後や食事中になどにサインをねだられても断るような事はないらしく、その誠実さから小学校の道徳教育の副読本にも取り上げられているのが、松井秀喜です。

そんな紳士的な姿勢の松井秀喜には、学ぶところが多いです。
WBCでの松井秀喜の不参加は残念でしたが、これはある意味松井秀喜がとても真面目であることを感じさせてくれるたと個人的には思っています。
もし2005年にヤンキース世界一になり、松井秀喜が個人的にも40本以上ホームランを売っていたらWBCには参加していたかもしれません。
クラブチームと代表はまた別かもしれませんが、この考え方が松井秀喜をこれまでビッグな選手にしたのかもしれません。
個人的には、そんな松井秀喜が好きです。

松井秀喜プロフィール

松井秀喜(まついひでき、英語表記: Matsui Hideki)、1974年6月12日生まれ。
石川県能美郡根上町(現能美市)出身。
2006年現在はアメリカ・メジャーリーグ、ニューヨーク・ヤンキース所属。
右投げ左打ちで、ポジションは外野手。
星稜高等学校卒業。
読売ジャイアンツ(1993年 - 2002年)を経て現在はニューヨーク・ヤンキース(2003年 - )。
代理人はアーン・テレム。

巨人時代は日本を代表する長距離打者。
メジャーリーグ移籍以降は本塁打にはこだわらない姿勢を見せている。
ニックネームは「ゴジラ」。ニューヨーク・ヤンキースの公式サイトにあるファンフォーラムでは「ゴジラ」の他に、「mats」、または好機に強いことから「Clutchzilla」と呼ばれている。

スイングスピードやホームランの平均飛距離などパワーの面では、歴代本塁打王の王貞治をもしのぐと言われている。
背番号は「55」。
年間最多本塁打55本を打った同球団OBの王貞治の記録にならって付けられた。
ヤンキース移籍後の巨人ではこの番号が空番ながらも新加入の選手にこの背番号を付けさせていない。

安定したフィジカルコンディション(きめ細かい体調管理)、監督からの信頼、強い精神力が求められる連続試合出場は、2006年の故障で記録が途切れるまで、日本で1,250試合、大リーグで518試合、日米通算1768試合(ただし日米通算は日本のプロ野球、アメリカのメジャーリーグ、どちらの公式的な記録にもならず、参考記録にとどまるのみである)を数える。

元来は父親譲りの熱狂的な阪神ファンで掛布雅之と真弓明信の大ファンであった。
よって阪神ファンからの印象も元巨人の選手にも関わらず悪くない。
またドラフトで巨人が交渉権を得た時に、周りにいた友人達は松井秀喜が阪神ファンと知っていた事から歓声も拍手も出来ずに静まり返ってしまった。
後に阪神へ移籍した広澤克実が掛布氏の背番号であった31番をつけた時には、「その番号は僕が付けたい番号」と縦じまの31番に対する憧れをみせていた。

本業の野球以外にもCM撮影やTV出演など激務にも拘らず、練習後にファンにサインをねだられても断るような事はしないらしく、その誠実さから小学校の道徳教育の副読本にも取り上げられている。

マスコミに対する対応は非常に紳士的で、ヤンキース移籍後も毎試合後に会見を行い、記者たちの質問にも真摯に答える。
延長などで時間が遅くなってしまった場合、取材を優先してユニフォームのまま会見を受けることもある。
シーズン終了後に、番記者や通訳らをメンバーに加えて行われる「草野球」(その際、松井は投手を務める)は、すでに毎年の恒例行事となっている。

ジャイアンツ時代から有名女優、タレントなどとの密会がすっぱ抜かれることも多く、女性関係の話題には事欠かない。
その一方で、チームでは練習・試合以外での人付き合いが良い方ではなく、ジャイアンツ時代には週刊少年マガジンのジャイアンツ特集で同僚の元木大介から「彼は試合が終わった後、家でゴジラの着ぐるみでも着ているのかな?」と言われるほど。

松井秀喜関連リンク

亀梨和也
松井秀喜とプライベートで食事したり親交がある。

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